6 地球の環境

 複雑な地球環境を研究するには、どのような手法が必要であろうか。

(2) 地球温暖化−b−

c 温暖化に対する楽観的予測

 もし地球が暖かくなれば、いままで寒すぎたところでも農業ができるようになる。冬に暖房が必要な地域に多い先進国で、暖房に使うエネルギーが少なくなり、エネルギー問題にとってもプラスになる。それに、温暖化の原因が二酸化炭素の増加にあるとすれば、植物の光合成が盛んになるから農業には有利ではないか。地球の気温が上がれば、水の蒸発も盛んになるから雨も多く降るようになり、砂漠の拡大(一時より砂漠化の速度は遅くなったとはいえ、毎年地球全体で九州+四国くらいの面積が砂漠化している)も阻止できるのでないか。実際、今から9000年前から3000年前くらいは(日本では縄文時代に相当、この時期をヒプシサーマルという)現在より気温が数℃高く、地球全体が住みやすい環境だったらしい。もしかすると、氷河期に向かっているはずの地球を防いでいるのかもしれない。

 

d 温暖化に対する悲観的予測

 たしかに、上のような楽観的展望も可能だろう。しかし、気温が2℃上昇するということは、例えば東京(年平均気温15.9℃、1971年から2000年までの平均)が、宮崎(1970年から2000年までの年平均が17.3℃)以上、鹿児島(1970年から2000年までの年平均気温18.3℃)に近づくということである。しかもこの変化がわずか100年で起きてしまうということである。このような急激な気温の変化に、栽培穀物の品種をそれに合わせて変更させていくことは、日本のような先進国でも難しいだろう。実際、IPCCは、地球全体では食糧増産地域と減産地域があり、大きな影響はないとはしているが、熱帯・亜熱帯の貧困地域(人口急増地帯でもある)では生産が低下し、飢饉の危険が増大するともいっている。

 また、温暖化による森林破壊によっても大気中に二酸化炭素が増えると予想している。さらに永久凍土に閉じこめられていたメタン(これも温室効果ガス)が吹き出て温室効果を強める。

 乾燥地帯・半乾燥地帯では今よりもっと雨が少なくなる。また、温度上昇や洪水の増加により、マラリアやコレラなどの病気も増加すると考えられている。

 氷床が融けることによる海水の増加と、温度上昇による海水膨張による海水面の上昇のため、高潮の危険が増す地域に住む人が5000万人以上増え(バングラデッシュなど。日本でも満潮時に海水面以下になる場所に住む人は100万人以上増える)、あるいはモルジブやマーシャル諸島などのように、国そのものが水没する可能性もある。大河のデルタ地帯は海抜高度がきわめて低い場所が広く、そこは食糧生産の場でもあるので、食糧問題につながる。

 ※ 「海の小事典」(道田豊他、講談社ブルーバックス、2008年3月)によると、水深700mまでの海水の温度は、1961年から2003年まで40年間で0.10℃上昇し、1993年〜2003年まで10年間の昇温の速さは上がっているという。ただし、2003年以降は降温傾向にあるという。だが、この程度の海水温上昇による海水の膨張はごくわずかで、それによる海水面の上昇はmmのオーダーしかなく実際に観測するのは難しいだろう。また、深海の水温の限られたデータ(北太平洋亜寒帯海域の北緯47°の深さ4000mの海水温の1984年から1999年の間)では、0.005℃の海水温の上昇が確認されているという。海水の大循環の時間スケールは2000年程度と考えられているので、この限られたデータが正しいとしても、それが人為的影響のためかどうかは難しい問題である。

e どちらの予測が正しいか

 結論的には、わからないというところが本当だろう。その評価は現在の科学の水準を超えている(地球温暖化−a−参照)。とくに地球全体が温暖化するとしても、日本という狭い地域にそれがどのような影響を及ぼすのかについては、不確実性が高すぎてはっきりとした予想は立てにくい。しかし、研究が進むにつれ、地球が現在温暖化傾向にあることはより確かなものに、またその原因は人類の社会活動が大きく関係しているらしいということがいえるようになってきている。

 つまり地球の環境に対し、人類の活動が地球の環境に与える影響が無視できなくなっていることと、そしてその変化があまりに急激でありすぎるということである。前者の例としては、二酸化炭素の増加のほか、熱帯雨林の破壊、酸性雨、フロンガスによるオゾン層の破壊、ダイオキシンなどの化学物質による汚染などがある。後者の例として、産業革命以後の大気中の二酸化炭素濃度の変化がある。大気中の二酸化炭素は、産業革命以前は280ppmで安定していたのが、現在は380ppmになっている、つまりこの200年間で35%以上も増加しているということがある。(ここでppmは100万分の1の単位、現在の大気中の二酸化炭素は0.038%といってもよい。

※ いまから12000年ほど前、グリーンランドの氷床が示すところによると、数十年間で7℃の気温変化があったという。人為的な影響がまったくない時代にも、このような急激な変動があったことになる。

 つまり、地球はかなり高い確率で温暖化に向かうだろうということ、少なくとも大気中の二酸化炭素は増えているということ、そしてその影響もよくない方の確率が高いだろうということ、それなら今のうちに対策をとった方が楽ということではないか。壊すのは簡単でも元に戻すのは大変ということ、また気がついたときには遅かったということは、誰もが日常的に体験しているだろう。

 それに、二酸化炭素の排出を押さえるということは、同時に他の汚染物質の排出をを押さえ、エネルギー効率(エネルギー資源の節約)を高めることにもなる。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change 気候変動に関する政府間パネル)の第3次レポートは「いずれにせよ後悔しない対策」と表現している。だが、二酸化炭素の排出を今すぐ押さえても、その効果が現れるのはだいぶ先になることも考えておかなくてはならない。

 

補足1:ハス池のたとえ

 「成長の限界」(ドネラ・H・メドウズ ダイヤモンド社 1972年)にはハス池の比喩が出ている。ある池のハスは毎日毎日2倍ずつ増え、30日で池全体を覆ってしまう。そうさせないためにはいつ手入れをしたらいいのだろうか。池の半分が覆われたときくらいでいいのではないかと思うかもしれない。しかし、池の半分が覆われるのは29日目、残りのたった1日で池の全部が覆われてしまう。そのときでは、もうとても間に合わないのである。

※ グスコーブドリの伝記

 宮沢賢治は、童話「グスコーブドリの伝記」(1932年)の主人公ブドリに、イーハトーブの冷害を防ぐため、火山を人為的に爆発させ、噴出する二酸化炭素の温室効果を使わせようとしている。もっとも最近では、火山の大噴火はエアロゾル<火山灰や硫酸ミストのような大気中の浮遊粒子状物質>の日傘効果のため、気温の低下を招くと考えられている。この話でも、まだ子供だったブドリとその家族が離散することになる大飢饉の年は「お日さまが春から変に白くて」とあるが、それはどこかの火山の噴火による日傘効果のためともとれる。もっとも火山が噴出する二酸化炭素が地球を暖めることもあるようで、今から3億年前ころの石炭紀は火山の噴火が活発で、そのためか大気中の二酸化炭素の濃度は現在の10倍程度もあり、気温も10℃ほど高かったという。恐竜が繁栄した中生代もそういう傾向にあったらしい。

 ともかく、初期型の「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」(1922年ごろ?)ではまだ温室効果のアイディアは使われていないが(内容的にも使うような話ではないが)、原型の「グスコンブドリの伝記」(1926年以降?)では使われている。たぶんこの間に、温室効果についての知識を手に入れたのだろう。二酸化炭素の温室効果を最初に学術論文で言及したのは、スウェーデン人のアレニウスという化学者・天文学者で、1896年のことなのに、インターネットもない時代に賢治はどのようして、正確な情報を素早く得ていたのだろう。

 ついでにいうと、ブドリたちが噴火の制御をするサンムトリ火山は、紀元前1600年ころにアトランティス伝説のもとになったといわれる巨大噴火を起こした、エーゲ海のサントリニ火山(主島ティラ島)を想起させるし(サントリニ火山をアトランティス伝説と結びつけたのは1939年のギリシャ人考古学者マリナトス、ただし、最近はこの説は人気がないらしい。サントリニ火山については「ヨーロッパ火山紀行」ちくま新書、小山真人、1997年参照)、最後に自らを犠牲にして噴火させるカルボナード火山島のカルボナードは、もちろんカルボン(炭素)→Carbonate(炭酸塩)で、賢治は二酸化炭素を想定していたのだろうが(エスペラント語?)、私にはカーボナタイトという溶岩を流す火山を連想させる。この火山の噴火の原因となるマグマは二酸化炭素を30%程度含み、二酸化ケイ素をほとんど含まないという非常に特殊なものである。このような火山が存在し、しかも実際に噴火することが確認されたのは1960年(アフリカのオルドイニョ・レンガイ火山)のことである。つまりこの火山は、火山ガスとして二酸化炭素を大量に噴出し(ふつうの火山の火山ガスの主成分は水蒸気)、ふつうは堆積岩である石灰岩を溶岩として流す(オルドイニョ・レンガイ火山とカーボナタイトについては「裂ける大地 大地溝帯の謎」講談社現代選書メチエ、諏訪兼位、1997年参照)。

※ 賢治が温室効果についての知識をどこで手に入れたのかについて、京都大学の吉田英生氏(熱工学)より情報を頂きました。氏のWebサイトには、アレニウスと賢治の関係についてまとめたページもあります。そこでは大正4年(1925年)の『宇宙発展論(Das Welden der Welten)』(一戸直蔵訳 (1914大正3), 大倉書店)に、『予「は是等の材料に基きて,もし大気中に炭酸瓦斯(容積にて〇.〇三ペルセントを含有するに過ぎず)がなかりせば,地球表面の温度は約二一度丈降下すべきことを計算し得たり.温度が此の如く降るときは大気中に存し得べき水蒸気の量もまた減少するに至るべく,それがため温度は更に此と同じ位降下するに至るべし.此れによりて,空気の成分に比較的意に介するに足らざる程微量の変化あるも尚実際に於て頗る著大なる影響を来たすものなる事を明にし得べし.即ち空気中の炭酸瓦斯の量が現今に於けるものの二分の一に減少したりとせんか,地球の温度は約四度降るべく,四分の一に減少するときは八度丈降るべし.是れに反して空気中に於ける炭酸瓦斯の量が二倍となるに至れば,地球表面の温度は四度昇るべく,四倍となれば温度は八度昇るに至るべきなり.」とある』という箇所が引用されています。

 また、1997年7月1日の京都新聞で、賢治の実弟の孫宮沢茂樹氏の「英語・独語の得意な賢治は上京のたびに国立国会図書館に籠もって、外国の科学雑誌を読みあさっていた。」という話が載っているということも教えていただきました。賢治の情報収集能力があれば、『宇宙発展論」からか、外国の科学雑誌から火はわかりませんが、1920年代の初めころに温室効果についての知識を得ていたということは不思議でないと思います。なお、1997年は暮れに京都で地球温暖化防止会議(→京都議定書)があった年です。京都新聞の記事は、これに絡んだ特集の一つと思われます。

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図6-11 グスコーブドリ(383KB) 図6-12 サントリニ火山(1)(72KB) 図6-13 サントリニ火山(2)(149KB) 図6-14 オルドイニョ・レンガイ火山

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