6 地球の環境

 複雑な地球環境を研究するには、どのような手法が必要であろうか。

6・4 大規模土木工事の影響

 二酸化炭素排出による地球温暖化ばかりが問題なのではない。人類の歴史は、そもそも自然を自分の都合がいいようにと変えてきた歴史でもある。そしてとくに産業革命以後、人類の活動が自然界に対して無視できないほどになったということである。

 例えば、エジプトにアスワン・ハイ・ダムというものがある。ナイル川は季節による流量の差が大きい。そこで、1955 年、当時のエジプトのナセル大統領によって、 高さ 111m、堤頂長 3.6kmという巨大なダムが計画された。それはソ連(当時)の援助により1960年に着工、1970 年に完成した。貯水量は世界第3 位の大きさの 1570 億m3もあり、貯水池 (ナセル湖と命名。面積約 3240km2) の長さはエジプト領内で 350km、スーダン領内で 150kmにも及ぶ。エジプト側にあるアスワン・ハイ・ダム発電所で年間 100 億kWhの発電をするとともに、エジプトで年間 550 億m3,スーダンで 185 億m3の水を灌漑に利用している。

 だが、このような面ばかりではない。洪水時の流水に含まれる肥料効果がダム建設によって失われ、肥沃なはずだったナイルデルタの耕地にも肥料が必要になったり、またデルタの生態系を狂わせて、動植物が異常に増えたり(例えば、宿主である貝が通年生きるようなったため寄生虫である住血吸虫が増えた)、さらに、ナイル川が運んできた栄養物で繁殖していたプランクトンが少なくなり、地中海の漁業に打撃を与えていることも報告されている。


宇宙から見たアスワン・ハイダム:NASA
http://earth.jsc.nasa.gov/sseop/EFS/lores.pl?PHOTO=STS102-303-17

 ロシア国内でも、カスピ海やアゾフ海・アラル海に注いでいた河川水を、農業用に多量に取水したため、カスピ海やアゾフ海・アラル海の水位が下がり、また塩分濃度も高まり、それがまた農業にも悪影響を与えている。

カザフスタンのアラル海の縮小 左1989年7月-9月 右2003年8月12日 NASA
http://earthobservatory.nasa.gov/Newsroom/NewImages/images.php3?img_id=16277
2006年9月〜2007年10月のアラル海 宇宙航空研究開発機構(JAXA)。南アラル海の縮小は続いているが、コラカル・ダム(2005年完成)により北アラル海からの流出をせき止め結果、北アラル海は拡大傾向にある。カザフスタン政府は、南アラル海をあきらめて、北アラル海を救う政策をとったようだ。
http://www.eorc.jaxa.jp/imgdata/topics/2007/tp071128.html

 旧社会主義国は「自然改造」ということを目指していた。例えば慢性的な食糧危機に悩んでいた旧ソ連は、広大なシベリアのツンドラを耕地に変えるための自然改造計画を発表したことがある。それは、ベーリング海峡に巨大なダムを造り、北極海の海水を太平洋にくみ出してやる。そうすると、暖流である大西洋のメキシコ湾流が北極海に流れ込む。そうすれば北極海の水温も上がり、シベリアのツンドラが融けて耕地になるというものである。

 たしかにその可能性もある。しかし、北極海の水温が上がる→水蒸気が発生するようになる→雲ができる→シベリアに雪がたくさん降る→氷河が発達する(これまで、北極海が低温すぎたのでシベリアには雪はあまり降らなかった、つまり氷河も発達しなかった)→地球全体の太陽放射の吸収率を下げる(アルベドを上げる)→地球全体の気温が下がる(氷期になる)という恐れもあるのである。

 現在の科学ではどちらが正しいかきちんと判断できない。でも判断できない以上は、このような大規模な「自然改造」はやらないほうがいい。いったん地球の環境が壊れ始めたら、それを元に戻すのは至難の業である。

図6-16 氷期の世界? 南極観測のページ
http://www.nipr.ac.jp/jare/nankyoku/01/index.html
http://www.nipr.ac.jp/jare/nankyoku/05/05_01.html

 日本においては、このような大事業に対しては事前に「環境アセスメント」が必要である。しかし、実態は計画が先にできて「環境アワスメント」をしているだけといわれてきた。ようやく最近、既存の計画についても中止を含めて見直すということになってきた。宍道湖中海淡水化・干拓事業(2002年中止決定、2005年ラムサール条約登録)や吉野川河口可動堰(2000年住民投票で建設にノーの意思表示)など。


図6-17 宍道湖と中海の衛星画像(フランスの地球観測衛星SPOT-2 2002年3月9日撮影) JAXA地球観測情報システム
https://www.eoc.jaxa.jp/iss/jp/index.html

 長野県ではダム建設問題を巡って、2001年田中康夫知事の「脱ダム宣言」(一部の建設・土木業界を潤すだけで、環境に与える負荷が大きく住民のためにはなっていない)があり、県議会での知事の不信任→選挙となった(2002年7月)。このときはダム建設に対し反対の立場をとった田中氏が当選したが、2006年9月の選挙で落選した。この選挙で当選した村井仁氏は、当初治水・利水を目的として建設が開始されていたが、田中氏の「脱ダム政策」により中止されていた浅川ダムを、治水専用ダム(穴あきダム=ふだんは川の流れを遮らないよう、下部に穴が開いていて、増水時にだけ水をためる構造のダム)としての建設を決めた(2007年2月)。また、2006年7月の滋賀県知事選挙で「ダム建設凍結・見直し」を公約に当選した嘉田由紀子氏は、2007年2月の県議会で県内で計画中の治水ダム建設の容認という姿勢を明らかにした。

 群馬県、吾妻川に建設中だった八ツ場(やんば)ダムについては、2009年8月の総選挙で政権の座についた民主党が計画中止の方針を出したが、本当に中止するかについてはまだ正式に決定されていない(2011年1月現在)。

 
図6-18 穴あきダム 滋賀の治水ダム
http://www.pref.shiga.jp/h/kasen/

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