第二部−3− 大気と海の科学

第10章 低気圧

目次
1. 低気圧(温帯低気圧)
2. 熱帯低気圧(台風)
用語と補足説明

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1.低気圧(温帯低気圧)

 中緯度で発生する低気圧を温帯低気圧、あるいはたんに低気圧という。低気圧と地上の風についてはこちらを参照。

 日本が位置する中緯度では北に冷たくて密度の大きい寒気団、南に暖かくて密度の小さい暖気団が存在するので、重力的な不安定さがあり前線が発達しやすい。また、極地方から吹き出している極偏東風と偏西風(ロスビー波)がぶつかっている場所でもある。極偏東風や偏西風(ロスビー波)については大気の大循環の項を参照)。

 こうしたところで発生した前線(面)のうねりが渦となる。それが低気圧である。こうした低気圧の発達から消滅までは、1920年代のノルウェーの気象学者たちによって研究され、いわゆるノルウェー・モデルというものができあがった。今日においてもこのノルウェー・モデルで低気圧が説明されること多いが、当時はまだ高層の気象データがなかったという限界がある。高層の天気図との関係はこちらを参照

 下がノルウェー・モデルによる低気圧の一生である。北の寒気団と南の暖気団の境界(前線面)が波打ち始め、それが渦に成長する。このとき、北の寒気団は南の暖気団の下に潜り込み、また南の暖気団は北の寒気団の上にはい上がる形で、全体として左巻きの渦巻きとなる。そしてやがては中心部の暖気は地表から離れ上空に追いやられ(図の(4)、閉塞前線)ていく。このあたりが低気圧の一生の中での最盛期といえる。やがて南下した寒気がすっかり地表を覆い、また北上した暖気がすっかり上空に追いやられると地上の低気圧は消滅する。

 南北の断面をとれば、下のように北の寒気と南の暖気が接することによって生ずる重力的な不安定さを解消する動きであることがわかる。つまり、低気圧のエネルギー源は重力のエネルギー(位置エネルギー)ということになる。また、(温帯)低気圧は寒気と暖気が接するところにできるので、必然的に前線を伴うことになる。あるいは、(温帯)低気圧は北の寒気団と南の暖気団が接する前線(面)上で発生する渦巻きであるということもできる。

 一番下の図は、低気圧を南西上空の斜め上から俯瞰した図である。平面的な渦巻きではなく、立体的な渦巻きになっていることがわかる。

 このような(温帯)低気圧の発生−発達−消滅の過程で南北の空気が入れ替わり、低緯度から高緯度へと熱が運ばれていることになる。(温帯)低気圧は地球上の熱の運搬にとって非常に重要な役割を果たしている。低気圧は中緯度で熱を低緯度から高緯度に運搬している偏西風(ロスビー波)の流れ上の渦で、偏西風によって西から東に流されていく。

 低気圧の等圧線は卵型状の形をしていて、中心に向かって鍋底状に気圧が下がっていく。発達した低気圧でも中心の気圧は950hPaを割ることは少ないが、その大きさは数千kmに及ぶことがある。1つの低気圧の寿命は1週間から2週間程度である。低気圧の中心部や低気圧が伴っている前線には上昇気流が存在し、そのために雲が発生しやすくなっている。つまり、低気圧が近づいてくると天気が崩れ、低気圧が去れば天気が回復することが多い。

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2.熱帯低気圧(台風)

 熱帯地方では強く照りつける太陽光(エネルギー)により大規模な上昇気流が発達する。また、その上昇気流の部分には南北両半球の空気が集まって(収束して)渦をつくる。北半球の夏には赤道よりも北側にその収束帯ができ、そこで発達した渦が熱帯低気圧である。大気の大循環も参照。

 日本では、北西太平洋で発生した熱帯低気圧のうち、中心の最大風速が17.2m・s-1を越えたものを台風と呼んでいる。同じように発達した熱帯低気圧でも、北東太平洋、南東太平洋、北西大西洋でできたものはハリケーン、インド洋、南西太平洋、オーストラリア周辺のものをサイクロンと呼ぶ。またサイクロンは発達した熱帯低気圧一般に対して用いられることもある。

 熱帯低気圧(台風)のエネルギー源は、暖かい海から供給される水蒸気である。その水蒸気が上昇気流中で凝結する際に出す潜熱(1kgの水蒸気が凝結するとき約2.5×106Jの潜熱を放出する)が空気を暖めて、さらに上昇気流を強めるのである。だから台風は、冷たい海域に移動したり、上陸したりすると水蒸気の供給が途絶えるので、たちまち衰えていく。

 この台風のエネルギーは1日で1018J〜1019Jといわれている。地震のエネルギーと比べてみよう。

 台風の中心付近には激しい上昇気流があるために、まわりから空気が勢いよく、北半球では左巻きの渦巻きをつくりながら吹き込んでくるので、台風は強い風を伴うことになる。1965年9月10日には、台風23号により室戸岬で69.8m(10分間の平均秒速)が記録されいている。

 また激しい上昇気流によって積乱雲が発達して強い雨も降る。場合によっては1日に数百mmの大雨(1mmの雨は畳1畳に1.8L、100mmの雨は畳1畳の広さにドラム缶1つ分の雨量、1日の雨量の日本記録は、1990年台風19号による徳島県木頭村での1日で1,114mm、合計では2,781mm(東京都1年間の総雨量の約2倍))が降ることもある。さらに台風が前線に近づくと、前線に水蒸気を供給することによって(前線の活動を活発化させて)大雨をもたらすこともある。

 この台風の断面は下図のようになっている。

 まわりから吹き込む空気はすべてが真ん中に集まるのではなく、部分部分で上昇気流をつくって、そこで積乱雲を発達させる。中心近くでは遠心力が強くなってまわりからの風が吹き込めない領域、いわゆる目(眼)が存在している。ここには弱い下降流が存在していて、地上では風は弱く、雲がないこともある。

 上空では中心から右回りに風が吹き出している。気象衛星の写真ではおもにこの右回りに吹き出す風に乗って運ばれている雲が写っている。


ネットで百科(日立システムアンドサービス)の「台風」の項目:http://www.kn-concierge.com/netencyhome/

 台風の発達の様子は下のようである。日本にやってくるときは最盛期から衰弱期にかけてのものが多い。

発生期 発達期(目がよくわかる) 最盛期(目がよくわかる) 衰弱期(目がぼやけている)
気象庁「台風について」:http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/index.html

 また、日本付近で北の寒気団との間に前線ができて、温帯低気圧に変化することもある。下の天気図は2004年9月28日〜31日のものであり、台風16号が温帯低気圧に変わっていく様子がわかる。


気象庁「日々の天気図」:http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/hibiten/index.html

 台風は低緯度では偏東風により西へ進み、中緯度では偏西風により東に進むことが多い。大きく見ると太平洋高気圧の縁に沿って、太平洋公庫圧から吹き出す風に乗って移動する。だから、太平洋高気圧の勢力が強く日本を被う夏に台風がよくやってくることになる。


気象庁「台風について」:http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/index.html

 台風は中心での最大風速により強さの階級が、また強い風が吹く範囲によって大きさの階級が決められている。超大型の台風は、本州をすっぽり包み込むほどの大きさである。また、かつては「弱い」とか、「小さい」という階級もあったのだが、誤解を招きやすい表現なので廃止された。

強さの階級分け
階級 最大風速
強い 33m/s(64ノット)以上〜44m/s(85ノット)未満
非常に強い 44m/s(85ノット)以上〜54m/s(105ノット)未満
猛烈な 54m/s(105ノット)以上

 

大きさの階級分け
階級 風速15m/s以上の半径
大型(大きい) 500km以上〜800km未満
超大型(非常に大きい) 800km以上

 また台風の進行方向右側(下図の赤い部分)では、台風の進む速さと中心に吹き込む風の向きが一致するので、台風の進行方向の左側よりも強い風が吹く。この半円部分を危険半円ということもある。下右のグラフは大きな台風での実例である。下左図の台風の進路の北西側(A)にいたときは風向は「東→北→西」と反時計回りに変化し、台風の進路の南東側(B)にいたときは風向は「東→南→西」と時計回りに風向きが変化するので、TVなどからの情報が得られないときでもある程度の判断をすることができる。

  
  右のグラフは気象庁「台風について」:http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/index.html


 台風が南に開いた湾の西側を通過するときは、強い南よりの風が吹く台風の右側が湾をおおいながら通過することになる。このために海水は湾の奥に吹き寄せられ、また気圧が低いので海水が吸い上げられて海面そのものが上昇し(1気圧がhPa低くなると1cm、50hPa低くなると50cm海面が上昇する)、さらに強い風によって高波が起きる。これらが合わさった現象が高潮である。運が悪いと、さらに満潮が重なるときがある。1959年9月26日には伊勢湾の西側を強い勢力のまま通過し、湾の奥で高潮を発生させ、死者5000人以上という大災害をもたらしたこともある。これが伊勢湾台風で、1995年の阪神淡路大震災までは、20世紀における日本最大の自然災害であった。

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用語と補足説明

ノルウェー学派ノルウェーも日本と同じような漁業国である。20世紀初頭、低気圧による嵐のために漁船の遭難がしばしば起こり、その被害を軽減するために全国で組織的な気象観測網を整備することになった。しかし、当初は資金不足で温度計すら満足に整備できない状況であった。そこで、まず全国に風向・風速計を設置した。これでわかったことは、ある場所を境にして急に風向・風速が変化するということである。それまでは風向・風速の変化は連続的に穏やかに起こると思われていた。それが覆ったのである。つまり、これは前線を発見したことになる。

 こうした20世紀初頭のノルウェーの気象学者たちの中に、上の低気圧のモデルを出したビヤークネス(1897年〜1975年)、気団の概念を出したベルシェロン、大気の大循環のロスビー(1898年〜1957年)などがいる。ベルゲン大学に集まっていたのでベルゲン学派、彼らの理論をベルゲン理論ともいう。日本の藤原咲平(1884年〜1950年、第5代気象台長官として戦中・戦後の気象台を支えた。気象ものをよく書いた作家の新田次郎は藤原咲平の甥であり、その息子が数学者でエッセイストでもある藤原正彦である)もベルゲン大学で学んだことがある。ノルウェー旅行(ベルゲン市)についてはこちらを参照

台風の名前日本ではその年の1月1日移行に発生したものに対して順番に番号を振っている。またとくに被害を出した台風については固有名詞(被害が大きかった土地の名、例外は洞爺丸という青函連絡船を沈没させた洞爺丸台風。)つけている。また、東アジアから東南アジアの14カ国共通の名前も付けられている。この共通名については気象庁のサイト(http://www.kishou.go.jp/know/typhoon/1-5.html)を参照。

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このページの参考となるサイト

気象庁(「台風について」):http://www.kishou.go.jp/know/typhoon/1-5.html

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